夢で逢えたら

 キュッ、キュッ、と甲高い音が反響する。バスケットボールが地面と手の間を重たく、だが軽やかに跳ねる。草食動物の如く引き締まった幾つもの足が駆けていく。あと十秒だった。コーチの発破をかけんとする野太い声が体育館に響き渡る。悲鳴にも似た応援の声が反響する。ボールを持っていたチームは勝っていた。後十秒守れば地区大会優勝。ボールを手にしていた少女が、懸命な表情で、味方側へとパスを渡した。だがその手には、ほんの僅かに油断が混じっていた。直線的な軌道を描いた球が途中で止まる。パシリと、汗の浮かんだしなやかな手が鮮やかにボールを奪って走り抜けていく。劇的な瞬間に、満杯の体育館がドッと揺れた。集団の中で一人ボールを持った少女が、ガラ空きのゴールに向かって力強くドリブルしていく。相手チームの選手が必死になって追ってくる。然し心は凪いでいた。少女は真剣な眼差しでゴールを見た。状況は二点ビハインド。残り時間は五秒。距離は充分にある。エリカ、と味方チームの声がかかる。ひとりでに頷く。何回も擦り切れるほど練習してきた。少女は迷うことなく、スリーポイントシュートを放った。ボールは完璧な放物線を描いていき、ゴールの網をくぐる。軽やかな音と共にホイッスルがけたたましく鳴る。ボールが床へと力なく落ちる。試合終了の合図に少女は緩く笑った。観客のどよめきが響く。味方チームの選手が歓声をあげ走り寄り、少女の肩と背中とを叩いた。だが痛みは無かった。選手は口々に何かを言っていたが、内容は分からなかった。

 おざなりに終了の挨拶をして、私は真っ先にベンチに向かった。誰も私には構ってこなかった。閉会の挨拶も無い。そこにいるのが誰か、見てもいないけれど私には分かっていた。ベンチの隅には一人の女の子が座っていた。それは親友の春香だった。嬉しそうな笑みを浮かべて、春香は私を見ている。私は汗にまみれ肩で大きく息をしていたが、その時血が初めて通ったような感覚に貫かれた。涙が出そうだった。切なさしか感じえなかった。

「どうだった?」

 私は言った。声はみっともなく震えていた。それから春香の隣に座る。ユニフォームにジャージを羽織ったその姿はひどく痩せていた。春香は笑っているだけで、何も言わなかった。

「あんな事出来るなんて思わなかったよ」

 春香のつやつやとした柔らかいショートヘアが揺れて、間近で目が合う。嬉しそうに笑っているというのに、寂しげな表情にも見えた。そんな顔を見てしまうと、どうすれば良いのか分からなくなる。

「でも」

 夢だもんね。そう口に出そうとして憚られた。そんな事を口にしてしまったら目の前の春香がいなくなってしまいそうだった。この時がずっと長く続けば良いのに。私は何も喋られず、じっと春香の横顔を見つめていた。何もかも分かっていて動けない自分に私は手を強く握ったのだった。